戦争体験を語り継ごう

 コロナ禍の下では全国の花火大会が中止せざるを得なくなっている。花火は中国がルーツだが、日本では1613年(慶長13)英国人ジョン・セリーヌが同行の中国人によって徳川家康に見せたのが最初だといわれている。その後八代将軍吉宗の時代にコレラが流行し、 “鎮魂と厄病を追い払う”ために隅田川で行った水神祭が花火大会の始まりだそうです。コロナ禍の今年、鎮魂と厄除けを祈ろう。

 戦後75年を迎えた。犠牲者は日本だけで310万人、アジア太平洋地域では2千万人ともいわれている。太平洋戦争は1941年(S41)から5年間も戦争をしていた、満州事変からだと10年間も戦争をしていたことになる。この間国民は“反英米”の演説を聞かされ続けたのだ。全体主義が全土を覆い治安維持法、抑圧・挙国一致が進むのだ。 「アジアを白人の植民地支配から解放しようとした聖戦」と美化することは、「勝てる戦争ならばやってよかった」という発想に繋がりかねない。

 私の父は昭和18年(1943)に召集され月寒で訓練を受けた後樺太(サハリン)国境最前線へ赴き、20年8月ソ連軍との戦闘に参加18日まで闘いは続いたという。その後2年間もシベリアでの捕虜生活を強いられている。 この壮絶な体験を私たち世代は一体どれだけ伝えることができているだろうか、体験者がどんどん少なくなっている中で、体験者の話を直接聞くことができた我々世代が繋いでいかなければならないことを痛感する。

<[13]農連BL研修・総会、[11]役員会、常幹、[13]墓参り、[16]寺参り、■年表:昭和(8/10道新)、戦争(8/15朝日)、空襲犠牲者(8/16道新)、戦争発言(8/16道新)、>